カテゴリ:デザイン( 3 )
瀬戸田の印象はコロッケだけでいいのか
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瀬戸田・・・しまなみ街道の、サイクリストの。
空き家が御多分に漏れず多い。
商店街はいい雰囲気だけど空き家が多い。
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元気なのは乾物屋のおばちゃんと、
コロッケ屋のおばちゃん。
女はどこでも元気なんだなあ。

最近大崎上島や江田島など瀬戸内海の島に行くことも多い。
試しに市のHPから空き家の現状を見に来てみた。

島には船のドッグがある。
営業はしていない。
鉄鋼所も多い。
瀬戸田はホールや美術館がある。
島の中ではまだまだ人口の多い地域。
ここに有名なイタリアンがあったのは一昨年。
引き抜かれ、腕試しに静岡へ移られたそうだ。
このレストランを目当てに遠くから人を呼ぶことができたそうだ。
今はいないから人が呼べないそうだ。

地域コンテンツは3つを組み合わせる。
関連をもたせる。

ホールや美術館という大きなものではなく
予約もなくお金もかからずふらっとやってきて
なんとなくよかったね。と言えるようなもの。

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海だっていい。
ここに海賊船が停泊している。
この周辺に海鮮料理を食べれる店があれば、関連性がある。
人は3度、繰り返すと意識に刻まれるという。

商店街の牛肉コロッケは美味しかったが、
タココロッケがあれば
瀬戸田の印象が強くなったのに。
惜しいなあ。


by oishii-kurashi-no | 2016-03-29 07:00 | 仕事
雲南スイーツの杜プロジェクト「桜クッキー」JKと
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桜の塩漬けをさっと塩を落とし、トッピング。
生地には桜の花びらを練り込んだ風雅なクッキー。
まさに今、桜の季節に販売開始されるクッキー。
島根県雲南市のスイーツの杜プロジェクトは2009年発足したプロジェクト。
雲南市内の菓子店と地域の生産者がともに雲南市のスイーツ作りに尽力するもの。
産物を通じて地域ブランドを創出する事業。
ヒット商品も多々ある。
特徴は同じ商品を各店が作ること。
http://www.unnan-sweets.com

この度は「JK」との共同開発。
「JK」女子高生。
いいですね!女子高生。
希望がいっぱい!
そうはいっても人口減少が続く中山間で未来輝く高校生と商品開発。
素晴らしい取り組み。

ことの発端は大東高校の生活科学部の教諭手島先生。
部活で作った桜クッキーを販売したいというところから、
行政がスイーツの杜プロジェクトで商品化のサポートを行う橋渡ししたというところ。
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商品の方向性が固まり、
商品化に向け、プロが指導しているところ。
島根県内のマスメディアが全員集合かと見紛うくらい
メディア関係者でごった返した調理室。

彼女たちははじめとてもおとなしくて、
意見なんか全く言ってくれなかった。

将来パティシエになるかもしれない。
故郷のために何かしたという自信は将来きっとまた何か返してくれる。
そう信じて、話しやすいおばちゃん先生を演じた。

だから何をしたかというと、
原価計算。
地域菓子店が商品を販売する時と同じように
自分たちも販売するなら原価計算をきちんと行った上で販売してほしい。
原材料に電気代、人件費にパッケージ代。
利幅を何パーセントにするか。

どうしたら自分たちが作ったお菓子だとおい意識を強く持てるのか。
いつも課題だった。

地域商品には物語がある。

雲南市には桜の名所が多い。
水害を防ぐために桜を土手に植えた。
お菓子は苛立った心を優しくしてくれる。
雲南市は古くは領地をめぐる争いがあった。
松平不昧公の影響もあったのか、
人口の割に菓子店が大変多い。
菓子店が多いということは茶の湯に関連して
文化度が高い地域だとも言える。

そんなところから、物語を彼女たちに作ってもらうことにした。
もちろん大人も一緒に。
草案をまとめたのが「雲南桜物語」。
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デザインも数案から彼女たちに選んでもらった。
イラストも描いてもらった。
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最後の会議はパッケージについてだった。

女子高生たちは自分でネットで探したパッケージに、
リボンも選び、タグのデザインを私に発注し、
パンフレットのデザイン指示も出したのだ。

儲けを出すより、のちに続く生徒のためにも
知ってもらうことが先決。
商品価格は抑えて、限定300個の販売と決めたのも彼女たちだ。

よかった!
自分が作った商品だという意識が生まれた。
「商品」は商いの品。
商いは自分の足と口で門から遠くを見ながら売っていくものだ。
「立つ」「門」「足」「口」で構成された漢字だ。
自分で「売る」意識が商品への愛情を生み、
関わってくれたパティシェのおじさんたちにも感謝の気持ちが生まれる。

4月2日3日は雲南桜祭り。

大東高校の生活科学部の7人が作った物語は
ちょっと切ない、ちょっと優しい物語・・・。

雲南 さくら物語

雲南市の桜は、どこの桜よりも美しく長く
咲き続けると言われています。
それは6つの街がひとつの街になった頃。
願い橋がまだ小さなゆらゆら揺れる吊り橋だった頃のお話。

願い橋のたもとに
7本の桜の木がありました。
多くの人がやってきてはお金持ちになるように、
大きな土地をもらえるようにと毎日
桜の木にお供え物をして願っていました。
いつしか6つの街は自分の街のことだけ考えて
争うようになりました。
争いの続く弥生の月、
1本の桜が枯れてしまいました。
しかし人々は自分の事に一生懸命で
可愛いそうな桜に気づく人はいませんでした。

この街の事を考え胸を痛めていた
ひとりの娘がいました。
年は16歳。
枯れてしまった桜を見上げながら
どうして枯れてしまったの?
桜に声をかけていました。

すると6人の娘がどこからともなく現れました。

その娘たちは桜色の衣をまとっていました。
桜の妖精です。
妖精たちはそれぞれ違う物を手にしていました。

砂糖

小麦

空の箱

そして桜の花びらを両手に一杯。

この桜色の妖精たちの姿は大人には見えません。
自分の事しか考えられない大人には見えないのです。

妖精は小さな、しかしはっきりとした声で言いました。
私たちは一生懸命願いを叶えようとしました。
でも願いを叶えるのは自分なんです。

人々の願い事は妖精たちを苦しめてきました。
妖精は人々の願いに叶えようと
力つきて枯れてしまったのです。

娘は同い年の娘6人に声をかけました。
妖精たちを私たちで守りましょう。

これからは願い事を
妖精にお願いするのではなく
自分で願いを叶えましょう。
明るい街を思えば、笑顔になれる。

みんなに笑顔になってもらいましょう。
6人の娘は桜のお菓子を作る事にしました。

お菓子は人々を幸せにしてくれる
桜は人々を幸せな気持ちにしてくれる
桜のお菓子は必ず人々の笑顔を誘う。

娘たちは願いを込めてお菓子を作りました。
「みんなに笑顔が戻りますように」。
お菓子づくりは願い橋の先にあるさくら神社で。
さくら神社は幸せの神社。
願い橋をゆっくり渡り、
さくら神社でお菓子を作り始めた娘たち。

幸せのお菓子はもうすぐ出来上がります。
最後に両手一杯の桜の花びらを入れました。
6人の娘たちから小さくてかわいい、
桜色のお菓子が生まれました。

ある晴れた日。
桜の木の下に小さなほこらを作って、
お菓子を置きました。
すると甘い香りに誘われて
ひとり、ふたりと・・・人々が集まってきました。

満開の桜が街を彩っています。
花びらがはらりと娘の手におちて、
青空に向かって舞い上がりました。
一瞬笑い声が聞こえたような気がしました。
人々はみんな空を見上げました。
空は青く澄んでどこまでも続きます。

それから人々はこの桜の木の下に集まって、
街の事を考えたり、笑顔のお祭りを行ったり。

みんなの顔に笑顔が溢れていました。

桜はそこにあるだけで人々を幸せにしてくれます。

願い事は自分で叶えるもの。
6人の娘たちは、菓子職人になったり、
街の発展のために活躍したり・・・。
長く「街の笑顔」づくりのために働きました。

by oishii-kurashi-no | 2016-03-28 07:00 | 仕事
上天草活性化に思う
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先だっては熊本県上天草の登立商店街活性化協議会に伺った。
上天草が熊本県だと今までも知らなかった。
多くの人はそうだと思う。
これは課題だ。
活性化に向けて一歩一歩進み始めた商店街。
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私は28年間デザイナーとして仕事をしてきた。
デザイナーが自ら地域活性化に取り組んでいる事例は皆無だと思う。
私の場合は、財産も投げ売って、挙句に会社をたたんで、一時は家庭崩壊。
地域商品の販売店やカフェも経営したが、店は閉めてしまった。
カフェは売却した。
スタッフはみんな辞めた。
耕作放棄地で養殖をしていた高級魚ほんもろこは、
盗難に遭い大きな損失になった。
経営能力のない個人主義のデザイナーが、まして女の私ができることじゃない。
そう言われたし、そうかなとも思ったこともあった。
でも、失敗したから人に伝えることが出来る。
いや失敗はやめれば失敗と言われるが、
諦めないうちは失敗ではない。
人生の線の上の小さなグレーの点に過ぎない。
そう、地域活性化事業はやめてはいけないのだ。
やめてしまえば完全に消滅に向かう。

地域活性化はひとりでは絶対にできない。
いろいろな人が関わりながら進めていく。
時にのろく、時に猛烈に。

耕作放棄地耕すに似ている。
田んぼにしようと全体を耕す。
石が多くて耕せないところがある。

活性化はまず全体を浅く広く耕すことからはじめるのだ。
思うように耕せなければ、できるところから始める。
耕しているからどんな土か、どんな石が埋まっているかがわかる。
小さな田んぼでもいい。
水を張って稲を植えてみる。
すると、翌年に水が周囲柔らかくしているから、
石が楽に撤去できることがある。
それでできなければ畑にすればいい。

待ったり、水を入れて柔らかくしたり。
力ずくでは穴が空いて取り返しのつかないことになる。
急ぎたいが急いではいけない。

街づくりは稲作に似ている。
そもそも、日本人は米作りを始めた弥生時代から集落を作り始めた。
相手の成長を待つことができるのだ。

上天草は30代から40代が中心となって動く協議会だ。
若い。
だから組織から離れたりついたりしながらも、
耕したところに稲を植えるのか、麦か野菜か、
適したものを植えればいい。
人も適したところに耕されたところに入ればいい。

必ずいい方にしか進まない。
商店街の店はたたんでもまたできる。
人が動けば必ず情報が動く。
その情報は必ず共感を生む。
自信が新しいことを生み出す。





by oishii-kurashi-no | 2016-03-27 10:35 | 仕事



テーブルの上の笑顔のあれこれ。
by oishii-kurashi-no